大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和52年(ネ)657号 判決 1978年7月19日

控訴人 近藤商事株式会社 (旧商号 近藤興産株式会社)

代表者代表取締役 近藤由松

訴訟代理人弁護士 持田幸作

同 川上英一

被控訴人 鈴木タカ

訴訟代理人弁護士 白一幸

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、本訴につき「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対し原判決添付の別紙物件目録記載の土地及び建物を明渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、反訴につき「原判決を取消す。被控訴人の反訴請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は本訴及び反訴につき控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(1)  原判決六丁表末行の次に行を改めて、次のとおり加える。

「7 仮に、以上の主張が認められないとしても、被控訴人は、昭和四六年六月二、三日頃、被控訴人宅において、控訴人の代理人新井司に対し、本件物件を控訴人に対して担保に供したこと、本件物件を控訴人に対し明渡さなければならないことは承知している旨述べ、本件根抵当権設定契約及び代物弁済契約を追認したものである。」

(2)  同九丁表一行目の「成立する。」を「成立し、そうでないとしても被控訴人は右無権代理行為を追認したものである。」と改める。

理由

(本訴について)

一  本件物件について控訴人主張の根抵当権設定登記及び被控訴人から控訴人に対する所有権移転登記が経由されたこと、被控訴人が本件物件を占有していることは、当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すると、

被控訴人は、昭和四五年一二月頃、訴外会社の実質上の経営者であった訴外人から、訴外会社が大同信用金庫と手形取引をするため被控訴人所有の本件物件を担保に提供してもらいたいと依頼された。被控訴人は、その長男が訴外会社に勤務して訴外人の世話になっていたので、訴外人の申出を承諾し、自己の実印と本件物件の権利証とを訴外人に貸与した(右実印及び権利証を訴外人に交付したことは当事者間に争いがない)。訴外人は、その後大同信用金庫と手形取引をする交渉をしたが、断わられてその目的を達することができなかった。しかし、訴外人は、右実印及び権利証を被控訴人に返還することなく手許に保管しておき、訴外会社の資金繰りが苦しくなった昭和四六年一月末頃、かねて訴外会社と取引関係があった控訴人に対し、「七〇〇万円ないと手形が不渡りとなり訴外会社が倒産するおそれがあるので融資してもらいたい。大和市のおばあちゃん(被控訴人のこと)名義の土地建物があるから、これを担保に入れる。右物件は銀行に担保に入れて融資を受けるはずであったが、うまくいかなかったので、おばあちゃんには親会社に担保に入れるといって持ってきた。」等と言って、右実印、権利証等を控訴人に交付した。訴外人は被控訴人と親族関係になく、また、本件物件を控訴人に対する担保に提供することについて、被控訴人の承諾を得ていなかったが、控訴人は、訴外人の言を信じ、その事実を確かめることなく、訴外会社に対し金七〇〇万円を貸付け、昭和四六年二月一七日、右実印及び権利証等を用いて、同日被控訴人との間に本件物件につき元本極度額金七〇〇万円の根抵当権設定契約を締結したとして、その旨の登記を経由した(右登記が経由されたことは当事者間に争いがない)。その後同年五月二八日頃、当時訴外会社の控訴人に対する売掛金等の債務の合計額はおよそ金二、〇〇〇万円にも達し、また、訴外会社は事実上倒産の状態に陥ったため、訴外人は被控訴人の代理人として、控訴人の代理人である新井司(以下新井という)との間に、右債務の内金六〇〇万円の弁済に代えて本件物件の所有権を控訴人に移転する旨の代物弁済契約を締結した。もっとも、訴外人と新井とは右代物弁済契約を原因とする所有権移転登記手続をするについては被控訴人の同意と委任状とが必要であるとして、同日二人で被控訴人方に向ったが、訴外人は、そのとき委任状用紙の委任者の住所、氏名欄の下部に、そのころ控訴人から返還を受けていた被控訴人の実印を用いて押捺し、かつ上部欄外にも捨印を押捺したものを用意して行き、新井を途中に待たせて一人で被控訴人方を訪れ、右代物弁済の件には一切ふれないまま新井の許に戻り、新井には同人の隙をみて訴外人が前記委任状に被控訴人の住所、氏名を記入したものを交付した。なお、新井は、訴外人がすでに被控訴人の実印を同人に返還したものと思っており、訴外人が予め右実印を用いて委任状に押印していたことを知らなかった。控訴人は、右委任状等に基づいて、昭和四六年五月三一日、同月二九日付代物弁済を原因とする所有権移転登記を経由した(右登記が経由されたことは当事者間に争いがない)。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

三  右に認定した事実によれば、被控訴人は、訴外人に対して訴外会社と大同信用金庫との手形取引の担保として本件物件を提供することを承諾し、実印と本件物件の権利証とを訴外人に交付したものであるから、本件物件を右の担保に提供することについては訴外人に代理権を授与したものと認められるけれども、訴外会社の控訴人に対する債務を担保するために本件物件の上に抵当権を設定し、あるいは訴外会社の控訴人に対する債務の代物弁済に本件物件を用いることについては、訴外人に代理権を授与していたとは認めることができない。従って、訴外人が、被控訴人を代理して、被控訴人と控訴人との間に本件物件による代物弁済契約が締結された旨の控訴人の主張は採用することができない。

そこで、以下控訴人の主張する表見代理の成否について判断する。本件においては、被控訴人が訴外人に実印及び本件物件の権利証を交付し、これが訴外人の手許に保管されていたため、控訴人は訴外人に代理権があると信じて、前記根抵当権設定契約及び代物弁済契約を締結したものであることは、すでに認定したとおりである。しかしながら、前記認定の事実によれば、控訴人は、昭和四六年一月末頃、訴外人から訴外会社に対する金七〇〇万円の融資を申込まれた際、訴外人から訴外会社の資金繰りが苦しい事情を告げられており、さらに、同年五月二八日、右代物弁済契約が締結された当時においては、訴外会社が事実上倒産状態にあることも承知していたのであり、しかも控訴人を代理して右契約締結の衝に当った新井は、被控訴人とは全く面識がなく、また、被控訴人と訴外人ないし訴外会社との関係についても確知していなかったのである(なお、弁論の全趣旨によれば、本件物件は被控訴人が現に居住している建物及びその敷地であり、当時新井もそのことを知っていたものと認められる。)。従って、かかる場合には、控訴人の立場としては、果して被控訴人が本件物件を訴外会社の債務の代物弁済に用いることについて訴外人に代理権を与えているかどうかに疑いを持ち、直接被控訴人に問い合せる等して訴外人の権限の有無を確認すべきであって、これを怠って訴外人にその権限があると信じても、このように信じたことについては控訴人に過失があったものというべく、従ってまた、このように信じたことについて控訴人に正当の理由があったとはいえないというべきである。なお、本件の場合、代物弁済契約が締結された昭和四六年五月二八日、新井が訴外人とともに、登記の委任状をもらいに被控訴人方へ出かけたことも、すでに認定したとおりであって、この点からみると新井はその時点において、訴外人が右契約締結の完全な代理権を有すると信じていたかどうかについても疑問がないわけではないが、これもすでに認定したように、結局新井は被控訴人に直接会ってその真意を確認するに至らなかったのであるから、控訴人に過失があったとする右の結論に変わりがないというべきである。

そうとすれば、前記代物弁済契約における訴外人の代理行為は、民法一〇九条の表見代理(同条の規定は過失のある第三者には適用されないと解する。)に該当せず、また同法一一〇条の表見代理、あるいは同法一一〇条及び一一二条の重複適用による表見代理にも該当しないことは明らかであって、被控訴人は、右代物弁済契約については、なんらの責任をも負うものでないといわなければならない。

ところで、控訴人はさらに、表見代理の主張が理由がないとしても、被控訴人は昭和四六年六月二、三日頃、右無権代理行為を追認した旨主張し、証人新井司(原審及び当審)、石渡孝之(原審)の各証言中にはこれに沿う供述部分が存するのであるが、右供述部分は被控訴人本人尋問の結果に照らして措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

四  よって、控訴人の本訴請求は爾余の点につき検討するまでもなく理由がないから、これを棄却すべきである。

(反訴について)

一  請求原因1、2の各事実については、当事者間に争いがない。

二  本件代物弁済契約が、被控訴人の無権代理人たる訴外人により締結されたものであり、控訴人が抗弁する訴外人の表見代理及び追認の主張も認められないことは、本訴についての前記説示のとおりであるから、被控訴人の反訴請求は理由がある。

(結論)

以上説示のとおりであるから、原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川島一郎 裁判官 田尾桃二 小川克介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例